先日の仕事に絡んで,研究法に関する資料を家の中で集めていた。自分の手持ちは十分でないのかも知れないが,とにかく山積みにしてみたわけだ。ところが,これぞという本がない。というのも,研究法なるものは,専攻する分野ごとに異なるため,学際的な立場で研究方法を鳥瞰する試み自体が少ないからだ。
たとえば理科系と人文系の研究の在り方を想像してみればいい。それぞれの違いもさることながら,細かい分野や領域毎に異なった研究の実態があることくらいは容易に察しがつく。
そのため,研究法に関する情報は,専攻領域の研究活動の中で個別的に伝承される傾向が強い。独立した文献としてまとめられている場合もあるだろうし,あるいは専攻研究の中に「研究方法」として埋め込まれているものを個別に吸収していくという場合もある。つまり,まず「研究領域または対象」があり,それに付随して「研究法」があるというわけだ。
逆に,ある程度ジェネラルな情報提供をしようとすると,論文の書き方という水準の話にとどまらざるを得ない。そこで「論文の構成」に絡めて「研究過程」の話へとつながったにしても,仮説やら分析・考察が云々という表面的な話が出てくるくらいしか言及できないのである。
ここは教育らくがきなので,教育研究分野(人文・社会科学)をメインに考えるとしよう。実は,読みやすくまとまっているものが無いわけではない。たとえば,教育論文の書き方研究会著『教育論文・研究報告の書き方』(教育出版1996/2200円+税)は,平易な文章で論文作成とその過程について解説した良書の一つだ。
特に「分野別研究の特徴と論文作成上の留意点」の部では,歴史,教育方法,教育法,社会教育,教育経営,教科教育,教科外教育,教育心理学などの諸分野に触れている点は配慮がきいている。学部卒論レベルを想定した内容なので,専門的な深みに欠けるように見えるが,意外と基本は押さえてあるので,一読する価値はある。
統計調査に少々重きがあるが,西川純著『実証的教育研究の技法』(大学教育出版1999/1500円+税)は実証研究をしたい人には良い入り口になるテキストである。「へー」の重要性に早くから着目していたんだなぁと,出だしを見返して感心する。
教育から少し離れるが,高橋・渡辺・大渕編著『人間科学・研究法ハンドブック』(ナカニシヤ出版1998/2800円+税)は,B5判の重厚感あるテキストだ。この手のテキストは,複数の人々による共著であるがゆえに多様な領域について深い記述が期待できる。実際,一つ一つの章は大変濃厚である。
しかし,どうも雑多感は否めない。高橋順一氏が担当した最初の1,2,3章は緊密な関係にあるのだろうが,以降の各章との対応において頁構成上の乱れがある。レイアウトの無骨さと相まって,充実している内容にもかかわらず,取っ付きにくい印象なのだ。
ダン・レメニイ著 小樽商科大学ビジネス創造センター訳『社会科学系大学院生のための研究の進め方』(同文舘出版2002/1900円+税)も研究法のテキストだが,上記の『ハンドブック』と違った意味で惜しい。
実は,原書がビジネス分野向けのテキストのため,全体的にリサーチ色が強く,説明や事例にはビジネス分野の言葉が頻繁に出てくるのである。レイアウトの工夫などは評価できるので,願わくは,『ハンドブック』と『進め方』を足して割ったようなテキストが欲しいと思う。
そうした研究法概論書でも参考文献で紹介されることが多いのは,社会学分野のテキストだ。たとえば新しいところでは,今田高俊編『社会学研究法・リアリティの捉え方』(有斐閣アルマ2000/2200円+税)は,入手しやすい。
もっともこの本も網羅的であるがゆえに雑多なのは同じ事。しかし,先ほどの『ハンドブック』と違うのは,判型がA6とコンパクトで,そのためのレイアウトを施してあるという点で散漫な印象を免れていることだ。
栗田宣義編『メソッド/社会学』(川島書店1996/2200円+税)は研究法というより,社会学における研究手法をいろいろ学ぶという感じのテキストだ。そう割り切っている点でとてもバランスのよいテキストだと思う。
研究方法に特化していくテキストとしては,ウヴェ・フリック著 小田・山本・春日・宮地訳『質的研究入門』(春秋社2002/3700円+税)なんかは原書がドイツだけにものすごい律儀なつくりである。北澤・古賀編著『〈社会〉を読み解く技法』(福村出版1997/2600円+税)と併せて読めば勉強になる。
フィールドワーク関連も有名な佐藤郁哉氏の著作などで賑やかだ。たとえば佐藤郁哉著『フィールドワークの技法』(新曜社2002/2900円+税)だとか,翻訳書『方法としてのフィールドノーツ』(新曜社1998/3800円+税)などは大変分厚く,エスノグラフィーを詳述している。他にもエスノメソドロジー関連の書はいくつも見つけられる。
ジェネラルなところからすっかり遠くなってしまった。結局,研究領域や対象によって読むべき文献は異なるという,最初の結論に帰ってきてしまっただけなのかも知れない。
読み物と割り切って紹介するならば,入來篤史著『研究者人生双六講義』(岩波科学ライブラリー2004/1100円+税)は,シンプルでなかなか面白い書だ。発想法に関しては,川喜多二郎氏(KJ法で有名)の紹介が定番だが,今どきは野口悠紀夫著『「超」発想法』(講談社2000/1600円+税)も見ておきたい。やはりインターネット時代に入って書かれたものも押さえなければ。
毛色の変わったところでは,遙洋子著『東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ』(筑摩書房2000/1400円+税)なんかどうだろう。社会人大学院生であった著者から見た研究と学問世界についてのエッセイ。ついでに上野千鶴子著『サヨナラ、学校化社会』(太郎次郎社2002/1750円+税)をセットにすれば,学問世界の舞台袖ぐらいは見えるかも知れない。
論文作成とかレポート作成とかに向けたハウツー本はいくらもあるけれど,読むなら英語論文の書き方に関する本を混ぜて読んでみるのは面白いのではないだろうか。残念ながら私自身は,良さそうな本と巡り合っていないので,具体的に紹介するものがない。上村・大井著『英語論文・レポートの書き方』(研究社2004/2400円+税)は新しい本で悪くもなさそうだが,いまいち全体構成がしっくりこない気がしている。部分部分読んで吸収するにはいいと思う。
ああ,すっかり長くなってしまった。お腹も空いてきたから,この辺で切り上げよう。とにかく一筋縄ではいかないことだけは確かだし,もしこれらを手に入れるとなると,財布も軽くなるということもわかった。あとは時間も必要だ。
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