視察3校目はOrange Grove Primary Schoolという公立小学校である。全校生徒が120名程度の小さな学校だ。
この学校は西オーストラリアから少し離れた場所にあるが,住宅地というよりは,広大な土地にぱらぱらと家があるという感じなので,子どもの数もそれほど多くないというわけである。
校舎もこぢんまりとしたものだが,土地はあるし環境が素晴らしい。この環境にKindergartenからYear7(幼稚園から小学生)までが学べるというのだから,必ずしも私立が全て良いとは限らないのだ。
こんな都会の喧噪とは無縁の小さな学校が世界中で有名なのは,この学校で取り組んであるポッドキャスト制作の授業のためである。
Year4と5のクラスでは,毎月一本を目指して子ども達自身がポッドキャストの番組を放送している。実際の制作は先生がバックアップしているわけだが,番組内容や語りは子ども達自身が担当し,その時々の学習内容に即したテーマについて各人がコーナー番組を用意,それらをつなげた上で公開している。
ポッドキャスト制作には,アップルのマックというパソコンとそれに付属している音楽制作録音ソフト「ガレージバンド」を活用している。
このソフトはマックを購入するともれなく付いているうえに,録音と編集が容易,BGMも予めあれこれ用意されているので,簡単にポッドキャスト番組が制作できるというわけだ。
授業の流れとしては,次のような感じだと推察される。子ども達にテーマを与えて,まず内容を考えさせて原稿を作成させる。放送原稿は実際に自分が読むものになるので,どうやったら聴いてくれる人に自分の言いたいことを伝えられるか,いろいろ考えることになるだろう。
原稿ができあがったら,全員が集まる。教室にはマック・パソコンと液晶プロジェクタ,インタラクティブ・ボード,そしてマイクとスピーカーが用意されている。そこでみんなに囲まれながらそれぞれの番組を吹き込んでいく。
吹き込んでいる間は他の子達も静かにそれを見守っている。吹き込みは満足するまで何度でもやり直しができることを予め伝えてある。そして吹き込みが終われば,前後の余分な声があればカットし,好きなBGMを選んだら完了。
インタビュー番組の場合は,iPodをICレコーダーにできる機械を取り付けて,それで子ども達とインビュー対象者を交互に録音したりする。
今回,私たちの視察団も代表のN先生がゲスト出演。子ども達から予めインタビューの質問をもらってあるので,それをもとに対談形式で録音した。近く公開される番組で声を聴くことができるだろう。
ポッドキャストを教育に取り入れること自体はあちこちで試みが見られるようになってきた。私自身,十分な成果とはならなかったとはいえ,ポッドキャスティングを教育現場で制作したし,このサイトでも(しばらく途絶えているが)ポッドキャスティングを展開中である。
ただ,この学校の場合,小学校で学習に結びつけて継続的に展開している事例として貴重なのだろう。豪アップル社のサイトでも教育の事例として紹介されているほどである。世界中からファンレターも届いているそうだから,なかなかのものだ。
ポッドキャストの制作と公開に関しても,保護者の同意の手続きを経ているという。子ども達の個人情報の扱いに関しては,西オーストラリアもかなり神経質になっているようだ。
ただ,ポッドキャストの場合,顔が出るわけではなく声だけであり,また名前もファーストネーム(日本で言えば下の名前)だけが番組で出てくるだけなので,子どもの特定は写真や映像よりも難しい。その点,保護者の同意は得やすいようなニュアンスであった。
ちなみに小学校の先生は日本と同じように全教科担当する感じの存在だ。しかし,日本と違うのは担当するクラスの科目や時間割を自在にコントロールすることができる点。教科の区分を明確にすることもできるが,一方で,教科といった切れ目を曖昧にして,統合的に授業を構成していくこともできる。ポッドキャスト制作もそういった環境の中だからこそし易いのだろう。
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視察4校目はMt. Lawley Senior High Schoolという公立学校だ。1955年に開校した学校で,それなりの歴史を持つ学校である。
Middle School(Year8,9)とSenior School(Year10,11,12)から成り立っており,校舎もそれぞれ分かれている。ちなみに校舎は最近建て直したらしく,新しさが残るキレイな環境である。
ここでもYear11と12(つまり高校生)のメディアの授業を覗かせてもらった。インターネットなどを利用して「ポップカルチャー」もしくは「音楽分野」について調べ,自分なりのプレゼンテーションを制作するのが課題であった。
生徒達は思い思いのテーマでインターネットサーフィンをしたり,ワープロで発表内容をまとめているようだった。多くの生徒が音楽分野に関する調べとして,Google Videoを検索して音楽クリップを見ていた。男子生徒はそれ見てボーッとしている感じが無くはなかったが,まあ,何を調べてどんなことを学んだのかを記録して提出しなければならないので,それはそれで授業を楽しむという点でよいらしい。
ちなみにGoogle VideoはいずれYouTubeに吸収されるという話もあるが,教室ではほとんどの生徒がGoogle Videoを使っていた。「なんでGoogle Videoを使っていて,YouTubeは使ってないの?何かルールでも設定しているの?」と先生に聞いたら,「僕には決める権限はないんだ。テクニカル・コーディネイターが決めることだからね」と言葉が返ってきた。
最初,返答の意味がよく分からなかったが,ふと思いついて空いているパソコンでYouTubeにアクセスしてみたら「表示できません」と出てきた。つまりアクセス制限をしているということだ。なるほど。
教室環境は,iMacG5が12台。無線LANアクセスポイントも完備している。この新しい校舎は教室だけでなく,廊下の壁にも電気と情報のコンセントが用意されていて,いろんな形の活動に対応できるようになっている。どうやら同じ公立学校でもこういう贅沢な環境を持つところもあるらしい。
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オーストラリアの高校生(Year11,12)は,英語のみが必須で,あとは選択科目である。そうやってその後進む道に合わせて基礎勉強を積み上げていくことになる。もっとも同じ年齢でもYear10を終えて職に就く人達もいる。
さらに大学進学は日本ほどポピュラーではないので,多くは職業教育を受ける専門学校(教育コース)に進学することになる。その専門学校(教育コース)をTechnical and Further Education (TAFE)と呼んでいる。オーストラリア中あちこちに,この専門学校(教育コース)があるという感じである。
というわけで,Year11とか12とかでメディアの授業を受けるということは,自ら選択科目として選んだ生徒が出席していることになっている。ゆえに,将来的にはメディアが絡む職業を目指すつもりがある生徒達という意味にもなる。最近ではメディア関係を選択する生徒が増えているという話らしい。
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ポッドキャストもGoogle Video(YouTube)も発信メディアとして登場し,脚光を浴びている。しかし,以前にも思ったことだが,個人情報の話もあるように,ますます子ども達が自分を発信することに関して神経質な時代にもなっている。個人情報やプライバシーの問題は神経質になりすぎても足りないほど注意を払わなければならないことは当然なのだが,それにしても気軽な発信メディアがようやく手に入ったのに,こんなに必要以上に気を遣う必要が出てきてしまった事態に,少し残念な気持ちも伴う。
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