当人にしてみると9年間という時間の長さが,長いものなのか,短いものなのか,判断がつかない部分もある。たとえば,こう言い換えてみようか。「9年間の教育歴があります。」それは教員として長いものなのだろうか,それとも箸にも棒にもかからない短いものなのだろうか。
短期大学教員時代最後の教え子達が,卒業の日を迎えた。
これまでも幾度と駄文に記してきたが,当初2年間は担任として受け持つはずだったクラスの娘達を1年で放り出し,私は大学院へ再入学するため短期大学を退職した。
短大のクラス担任変更など大した問題ではないと思われるかも知れない。そもそも,担当教員がまともな助けをした経験を持つ人々など,ごくわずかなのだろう。
けれども,私が居た職場では,それが機能していたし,少なくとも私はそれを機能させようとしていた人間だった。だから,私は退職しても,機会あるときに彼女たちの様子を見に出かけ,卒業式には出席しようと決めていたのだった。
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風で肌寒かったが,晴天に恵まれた。卒業式は終始和やかな雰囲気だった。本当なら最後の時間を学生達とゆっくり過ごしたかったが,京都への出張が重なったため,わずかな時間しか許されなかった。
式から戻った控え室で,担任を引き継いだ先生と一緒に,一人一人に卒業証書と記念品を手渡す。彼女たちには私からバラの花を一人一輪ずつ贈った。彼女たちからは「レンデフロール」のバラの花を贈られた。お互い内緒で用意していたのが同じバラだったというのは,なんとも不思議なものである。
なんとか全員に花を手渡した。時間である。じっくりとさよならを交わす余裕がなかったのは残念だが,惜しまれながら別れられるのは,ある意味幸せなのだろう。縁があれば,また会える。
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私もまた,研究者としての側面と教育者としての側面の2つを持つ人種である。ただ,私のそれをややこしくしているのは,研究者としての側面を父親から,教育者としての側面を母親から譲られた性格に重ねてしまっているところにある。
私の母は,とても心配性で感情的な人である。だから教育者としての私は,おそらくものすごく過干渉なのだと思う。行動においてというよりも,思念としてそうなのである。「あの娘達は大丈夫だろうか」,そんなことをいつも考えてしまっている。
その行き過ぎを食い止めるのは,研究者としての私である。私の父は,独尊的で現実的な人である。いくら心配したってしようがない。人の関係は,実際には煩わしく,信頼に乏しい。そういう不確かな世の中で自立する構えを崩さない。物事は,最後は独りで解決するものなのだ。
普段の私はどちらかといえば母親似である。とはいえ,父親似の部分も根深く存在する。そのバランスの上に短期大学教員を9年間続けてきた。その事も感慨深く思い出される。
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僕は君たちを「想う」。それは愛とは言えないし,単なる好きという訳でもないから。ただひたすらに君たちを「想う」よ。その事が,何を生むわけではないにしても。
2年前,神妙な面持ちで教室に座る君たちのことが,今でも鮮明によみがえる。クラス担任といったって,所詮は有名無実の存在かも知れない。けれども,受け持つ2年間,君たちを見守ることが仕事なのだと思った。できることは,それくらいだと考えた。
やがて君たちの多くは幼児・保育の現場で子ども達と向かい合う。あるいは,いつか子どもを授かることになる。そうしたら,その子達を「想って」欲しい。その事を願いながら,僕は君たちを「想う」。
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私の短大教員時代は,これでようやく本当の幕を閉じることになった。卒業おめでとう。手を振る彼女たちに言葉を返して祝うとともに,ひそかに自分に向けてこのときを祝った。
「学生」さんの「ご卒業おめでとうございます」。林さんの中で、1つの区切りがついたのですね。そういう意味でも、「おめでとうございます」。
私も教職人生10年目となります。3度目の3年生の担任を拝命することになります。1つ目のクラス、若さと突進力だけを武器に、3年間をかけぬけました。2つ目のクラス、少しばかりの経験知と度胸で、3年間をまあまあそれなりに歩みました。3つ目のクラス、生徒は8名のみ。しかしかし、少子化日本の未来を想像できる噛みごたえのある生徒・保護者と、じーっくり格闘の日々。いわゆる「中堅」としての真価の問われる今です。また、「子育てとは何か」を、数十年先を想像し、見据えながら考え、そのための布石を置くことを真剣に考えることに迫られる日々でもあります。
架空の、都合の良い「大人」を想定し、実存としての子どもと保護者を置き去りにした教育改革が横行する昨今ですが、良識ある研究者の皆さんが、良識を持てそうな政治家や行政担当者とともに、建設的な議論と実効性の高い施策を生み出す世の中が、一刻も早く来てほしいと思います。
投稿情報: 田中 | 2007年3 月19日 (月) 15:28
コメントとお祝いの言葉,ありがとうございます。良識ある研究者として役割を担えるかどうか,己のことに関してはことごとく見通し悪い状態ですが,努力は続けたいと考えています。
とにかく卒業。嬉しいのやら悲しいのやら,心は複雑ですが,これを機にもっと前進したいと思います。
投稿情報: りん | 2007年3 月20日 (火) 00:17